2-17 鈴木三樹三郎 - 2018.12.12 Wed
道場はシンと静まり返っていた。
時折、遠くに聞こえる人の声。虫の音がするくらいで、
耳が痛いほどだ。
サチは入り口にほど近い場所に座して、対峙する二人を見ていた。
惣吉の表情は、後ろ背である為見えない。
しかし杉村の表情は穏やかだ。
半眼・・・と、いうのだろうか。
薄く開かれた視線からは、何の表情も読み取れない。しかし・・・・、
瞬間、ビリッとした。何が起こったのかは分からない。
とにかく肌にヒリヒリとした何かが当たった。
「ぃやぁぁあっ!」
奇声を発して、仕掛けたのは惣吉だった。
焦れてしまったようにも見える。
木刀はまるで金物のような甲高い音を立て、それきり道場はその音のみに満たされた。
腕は、互角のように見える。
だがそれが間違いであることはすぐに分かった。
杉村が打ち込んでいないからだ。
太刀筋を受けるに必死・・というわけでもないから、遊んでいるのだろう。
惣吉にもそれが分かっていて、いらだちが感じられた。
時折、遠くに聞こえる人の声。虫の音がするくらいで、
耳が痛いほどだ。
サチは入り口にほど近い場所に座して、対峙する二人を見ていた。
惣吉の表情は、後ろ背である為見えない。
しかし杉村の表情は穏やかだ。
半眼・・・と、いうのだろうか。
薄く開かれた視線からは、何の表情も読み取れない。しかし・・・・、
瞬間、ビリッとした。何が起こったのかは分からない。
とにかく肌にヒリヒリとした何かが当たった。
「ぃやぁぁあっ!」
奇声を発して、仕掛けたのは惣吉だった。
焦れてしまったようにも見える。
木刀はまるで金物のような甲高い音を立て、それきり道場はその音のみに満たされた。
腕は、互角のように見える。
だがそれが間違いであることはすぐに分かった。
杉村が打ち込んでいないからだ。
太刀筋を受けるに必死・・というわけでもないから、遊んでいるのだろう。
惣吉にもそれが分かっていて、いらだちが感じられた。
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2-16 新撰組顛末記の舞台裏 - 2018.12.05 Wed
奇妙な共同生活が始まった。
男が二人に、女が一人。
周囲からはどう見えただろう?
年若い女と、女を「妻」として否定しなかった壮年の男と、その書生?
しかし迎え入れた青年の方がどう考えても似合いの夫婦と言えなくもない。
藤田は頭が痛かった。
もちろん、表立って周囲に波風が立つわけでもないが、
(彼の身分的に)
面倒なことには間違いはない。
数日、このことも含め惣吉にはくれぐれも言い含めておいた。
彼もまんざらではないらしく、
軽口をきいて受け流しているところがなんとも癪(カン)に障る。
苦虫を潰したような顔をしていると、
「あれ? 藤田様は気に入らないんですか?」とからかう余裕すら見せる。
それがまた癪(シャク)の種。
一方、サチはというと惣吉をまるで弟のように扱っている。
惣吉が子供なのか、サチが大人なのか?
ともあれ、サチにとって惣吉は「手のかかる弟」程度の認識のようだ。
藤田はサチの、思いもよらないたくましさに苦笑し、
ようやく本来(?)の職務復帰を果たした。
男が二人に、女が一人。
周囲からはどう見えただろう?
年若い女と、女を「妻」として否定しなかった壮年の男と、その書生?
しかし迎え入れた青年の方がどう考えても似合いの夫婦と言えなくもない。
藤田は頭が痛かった。
もちろん、表立って周囲に波風が立つわけでもないが、
(彼の身分的に)
面倒なことには間違いはない。
数日、このことも含め惣吉にはくれぐれも言い含めておいた。
彼もまんざらではないらしく、
軽口をきいて受け流しているところがなんとも癪(カン)に障る。
苦虫を潰したような顔をしていると、
「あれ? 藤田様は気に入らないんですか?」とからかう余裕すら見せる。
それがまた癪(シャク)の種。
一方、サチはというと惣吉をまるで弟のように扱っている。
惣吉が子供なのか、サチが大人なのか?
ともあれ、サチにとって惣吉は「手のかかる弟」程度の認識のようだ。
藤田はサチの、思いもよらないたくましさに苦笑し、
ようやく本来(?)の職務復帰を果たした。
2-15 忍藩藩邸 - 2018.11.28 Wed
夏が終わりを告げようとしていた。
蝉の鳴き声が日に日に薄くなり、変わって虫の音が草木に満ち溢れた。
祭り囃子が遠ざかるように陽が短くなり、
暮六つには夜の帳が降りた。
藤田は相変わらず自宅にいたが、
この頃になるとサチが一人で台所に立つことが増えた。
時折、彼の下へ名乗らぬ客人が訪れようと、
サチは子供らしからぬ敏さで何を問うこともなく淡々と応対した。
そんなある日、いつものように物言わぬ客人の訪れに、
サチは手を吹きながら玄関へと向かった。
汚れた身なり、着古した着物と、風呂敷に僅かな荷物。
髪はボサボサで、肌はいつから風呂に入っていないのか煤けている。
ムッと匂いがした。
若い男特有の青臭い匂いである。
蝉の鳴き声が日に日に薄くなり、変わって虫の音が草木に満ち溢れた。
祭り囃子が遠ざかるように陽が短くなり、
暮六つには夜の帳が降りた。
藤田は相変わらず自宅にいたが、
この頃になるとサチが一人で台所に立つことが増えた。
時折、彼の下へ名乗らぬ客人が訪れようと、
サチは子供らしからぬ敏さで何を問うこともなく淡々と応対した。
そんなある日、いつものように物言わぬ客人の訪れに、
サチは手を吹きながら玄関へと向かった。
汚れた身なり、着古した着物と、風呂敷に僅かな荷物。
髪はボサボサで、肌はいつから風呂に入っていないのか煤けている。
ムッと匂いがした。
若い男特有の青臭い匂いである。
2-14 阿弥陀寺 - 2018.11.21 Wed
箱根の山は天下の嶮と歌ったのは鳥居忱だが、
その名を知る者はあまりいないのではないか?
作曲をした滝廉太郎があまりにも有名だからである。
隣国がまだ三国に分かれて争っていた頃、
蜀の劉備玄徳は曹操孟徳との戦いに破れ、今の四川省に蜀の国を建国した。
その際、断崖絶壁とも言える場所に桟道を作り、追手を撃退したという。
その函谷關に並ぶべくもない。と評された箱根の山は、
なるほど、勇壮な山野に囲まれていた。
高い木立は夏の残滓を遮り、
寒露とも言えるヒヤリとした空気を漂わせている。
身を震わせた僧は、
朝の勤行を終えると獣道と区別のつかない参道を掃いていた。
その名を知る者はあまりいないのではないか?
作曲をした滝廉太郎があまりにも有名だからである。
隣国がまだ三国に分かれて争っていた頃、
蜀の劉備玄徳は曹操孟徳との戦いに破れ、今の四川省に蜀の国を建国した。
その際、断崖絶壁とも言える場所に桟道を作り、追手を撃退したという。
その函谷關に並ぶべくもない。と評された箱根の山は、
なるほど、勇壮な山野に囲まれていた。
高い木立は夏の残滓を遮り、
寒露とも言えるヒヤリとした空気を漂わせている。
身を震わせた僧は、
朝の勤行を終えると獣道と区別のつかない参道を掃いていた。